From Zurich to Lisbon
朝またもや早く目が覚めてしまい、AM4:00頃から身支度を始める。
後五時間後には空港にいなければならないが、
ホテルからはトラム4分の距離なのであまり急ぐ必要はない。
テレビをつけるとトム・クルーズが主演の「ザ・エージェント」がやっていた。
題名は帰ってきてから知ったのだが、中々良い映画だった。
ドイツ語なので言っている事の節々は全く分からないが、
演技を見ているだけでトムやレニー・ゼルヴィガーが何をしているのか分かる。
人間って言葉が通じなくなれば、他の何かで補って生きていくのかも知れない。
2時間くらいテレビを見て過ごしたが、どうにも時間が余る。
そこで散歩がてら、トラムの時刻と切符を買いに出かける事にした。
外に出るのでいちお鍵を持って部屋を出たのだが、
これがこの後に起る惨劇に繋がるとはその時思いもしなかった。
トラムの停留所までは歩いて5分。
坂を下り、時間を確認し、切符を買う。10分以内に終わった。
少し歩いてホテルの前に立った時に気がついた。
「あれ、自動ドア開かない…!!!!!!!!!!」
それもそのはずだった、
日本でもセキュリティがしっかりしてる所はそうじゃん。
内からは自由に出れても、外からは入れない。
カード式のホテルならともかく、ココはわざと旧式に作ってある。
自分が持っている鍵も部屋専用の立派な鍵。
この自動ドアの横にも立派な錠前がついているので、
どうやら専用の鍵を回した時にしか開かない構造らしい。
今日は土曜日なので、ホテルの朝も遅い。
レストランのオープンも昨日より一時間遅いし、
こんな所で一時間も待つのか?スイスの朝は氷点下だし(T-T)。
何とか気がついてもらえないかと、泊まっている部屋に石を投げたり…。

「旦那は石を投げた…。」
「しかし奥様の反応はなかった。」
「旦那はホテルのドアに近づいた。」
「しかし何も起らなかった。」
すぐ戻ってくるつもりだったのでコートも着ていない。
このままでは凍死すると思い、隣の駅まで歩けば暖かくなるし、
ホテルも開く時間に戻れるだろうと言う事で、とりあえず歩く。
15分程で駅の看板が見えてきたが、駅がない。
エレベータがあったので降りてみると、なんと駅が地下にあった。
昔政治学を専攻していたので、永世中立国スイスについて学んだ事がある。
この国が永世中立を保てる理由は、自国を自国で守れる自負がある。
山々に囲まれた天然要塞の要因からだけでなく、国民が軍に徴兵される為、
軍にいた事がある様な街のおじさんでも銃器の解体ができる。
また、戦時中は地下のシェルターから物資の移動が可能であり、
長期戦にも耐えられる都市構造になっていて、道も滑走路になりえる。
本当かよと学生時代は思っていたが、
この駅に来て確信した。地下鉄の比ではない。
かなり深い所に駅がある上、天井が異様に高い。
と言うより、トンネルが以上に大きいと言うべきだろうか。
本を見ていても実感できないが、実際来て目の当たりにすると
その真剣さに驚き、また永世中立の四文字に納得する。
とは言え、地下に降りれば風もなく暖かいだろうと思ったのだが、
これだけ大きなトンネルだと風も凄く余計に寒い(TロT)。
早々にホテルに戻ることにした…。
ホテルに戻っても、まだ自動ドアは開いていなかった。
自分達が乗る便もあるのだろうか?
空からはAM6:00頃から航空機がバンバン降下してきている。
目の前を国際機がとんでいく様は爽快ですらある。
ただ、体は異様に寒いのだ↓。

そんな時だった、前方50m先に人影。
なんとホテルから出ようとしている人がいる!
走った、久方ぶりに全力で走った!!!
自動ドアが閉まりきる直前に足でガードし、ホテルに生還。
驚いて振り返った旅行客かホテルの従業員か分からないお姉さんに、
「ココに泊まってたんだけど、入れなくなっちゃって。」と言うと、
クスッと笑われた。咄嗟に話した英語が、ドイツ語圏なのに通じる。
と言うより、そのフレーズが合っているのかも分からないのに、意思が通じる。
凄い事だなと思った(笑)。
ホテルに戻ると、奥様は意外にもあまり心配していなかった。
一人でブラブラ散歩していると思ったらしい(^-^;)。
日頃の行いがそんな風なので、確かに何も言えなかった。
身支度を済ませ一階に降りたのだが、まだ支配人がいない。
時間はAM7:00、そろそろ宿を出発しなければならないのだが…。
そうこうしていると食堂から音がする。確か朝食はAM7:45からのはず。
覗きに行くと、ホテルの人がいる。思い切ってチェックアウトしたいと言ってみた。
すると、英語が少ししか話せないと言っている。それはこちらも同じ(笑)。
鍵を見せて、バックを見せて、「チェックアウト」と言えば心は通じた。
女性に鍵を渡し宿を出ようとすると、
「チェックアウトの処理がまだだから、朝食食べません?」と言われる。
ドイツ語で言われているのだが、もう心が一度通じれば言ってる事は何となく分かる。
「良いの?」と言う顔をすると「もちろん!」と答えてくれた。

奥様と先日の席に座ろうとすると、「こっちに座って!」と言われる。
そこは、バンホフホテルのCMで流れていたあの昔ながらの座席!
願ったり叶ったり!こんな高級な座席で美味しい朝食を頂けるなんて。
この女性とは朝の数分しか話さなかったが、
彼女のサービスは本当に気が配られていて最高だった。
もしかしたら、この席に案内してくれたのも配慮だったのかも知れない。
他の宿泊客が降りてくる頃、朝食を終え空港に向かった。
忙しそうだったので、先程の女性に「ありがとう」と言葉だけ
伝えると「ダンケ!」と元気な声が返ってきた。
空港に到着。「Duty Free Paradise」の名の通り、
セントラル並みの店の数が空港に点在している。
とりあえず搭乗手続きだけ済ませようと言う事になり、
スイスインターナショナルのカウンターへ。

日本と同じく自分で発券できる機械が至る所にあったのだが、
色んな国の人がいる為発券機はパニック状態。
言語が三ヶ国語選べるのだが、それ以外の国の人が本当に困っていた。
自分達は何とか自力で発券し手続きできたのだが、
マイルを貯めようとした所カードを返されてしまう。
納得いかなかったので、色んな方法を試したり、人に聞いてみると、
カードを返されたカウンターでマイルは貯める事ができると発覚。
再度同じカウンターに行きおじさんに「マイル貯めたいんだよ」と言うと、
「あれ、これ既に貯まってるはずなんだけどなぁ~。」と言いながら調べてくれた。
そこでようやく納得。日本で手続きした時に、
リスボンまでのマイルは既に貯まっていた様なのだ。
おじさんはドイツ語でなく、今度は英語でハッキリと
「Your mileage has already been registered.」と言ってくれた。
リスボン行きのターミナルは来た時とは違い、
日本で言う所の国内線の様な小さなターミナル。
時間もほぼ定刻に搭乗手続きが始まったので、
機はリスボンに向けて順調にテイク・オフ。
時差で今より一時間戻るので、
三時間飛ぶのに二時間で到着する計算になる。
時間を得し続けている気がする。

国内線の飛行機は座席にテレビが無い代わりに皮シート。
三人席ではあったが、座り心地が良くフライトはあっと言う間に終了。
確かに、日本から来た時は13時間掛かった訳だから、3時間なんて…。
雑誌がパリの特集で中々面白かった。これがせめて英語で書いてあれば、
もっと詳しく内容が把握できたのになぁと悔やまれる。
途中山々の峰が白く染まっているのを見れたり、フライトは楽しかった。
リスボンに到着。どうやらあまり天気が良くない様だ。
空港に降りる前に大西洋やテージョ河、オレンジ屋根の家々が見れた。
機が降り立ってすぐトイレに。そこから出てきて驚いたのは、
Vueling等の格安航空機に搭乗する人達の行列。
恐ろしい数に恐怖し、3日後の下見を兼ねて出発口を見に行く事に。
Vueling
http://www.vueling.com/
↑Vuelingのマスコットは皆可愛らしい。が、会社は結構世知辛い噂ばかり。
その前にあるのが入国審査。
恐ろしい程、こちらも並んでいる。
途中酔っ払いのブラジル人がEUからの入国者ゲートに
間違ってフラフラ歩いて行き、連れ戻されていた(笑)。
↑同じポルトガル語圏だから話が通じるし良いよね。
自分達の番になる直前、何故か他のゲートを開放してくれる。
文字が良く見えなかったが、ECC+ポルトガル語圏と書いてあるようだ。
俺ら日本人なのに良いのかなと思いつつ、
奥様と別れて入国審査が始まった。
A「どちらから来られました?」
俺「日本からです。」
A「(パスポートを見ながら)あ、いえ、経由地です。」
俺「あぁ、スイスです。」
A「スイス!そうですか、なら審査は要りません、どうぞ!」
どうぞって、スタンプ押して無いじゃん。
また自分より早く審査を終えていた奥様が待っているので、
とりあえず自分も奥へ移動。すると事件発覚!
奥様はポルトガルのスタンプ押してもらってる!
パスポートのスタンプ、それは旅の思い出も同然。
何故俺だけ押してくれないのだ、不満がたまる。
どうやら奥様は今回も何も質問されなかったらしい。
これで良く分かった、質問に答えてはいけないのだ。
次に何か聞かれたら知らん振りしてやろう(-_-♯)。
リスボンの空港はセキュリティーがガチガチで、
出発口に入る時も航空券の提示が求められた。
Eチケットを見せる、当然日にち等は3日後が書き込まれている。
これくらい見逃すだろと思ったら、結構ガン見している(汗)。
プリントを小さく取った事が功を奏し、無事出発口に入る事ができた。
Vuelingは朝一と夕方しか搭乗手続きカウンターが開いていない。
だが、荷物チェック用の台等も置いてあり、
やはり重量制限には厳しい事が良く分かった。
若干3日後の出発に対して不安が募る(^-^;)。
そろそろ戻ろうかと歩いていると、
「あの、日本の方ですか?」と声を掛けられる。
おば様二人組、リスボンから出国する様だ。
どうやら税金の還付を受けたいらしい。
ポルトガルは一定の料金以上同じ店で買い物すると、
その払った分の税金を出国時に返してくれる。
ポルトガルに着いたばかりで、空港の人が英語が話せるか分からない。
とりあえず聞いてみてあげると、意外にも早く答えが発覚。
おば様達に場所を教えてあげて、自分達も空港を後にする事に。
後にするとは言ったものの、
市街地まで何で行けば良いのかまだ良く分かっていない。
空港のベンチに座り、とりあえずエアポートバスで
リスボン市街へ向かう事を決める。場所を間違えたりしたが、
無事エアロバス(エアポートバス)を見つけ乗り込んだ。
最後の方の停留所、Rossio広場が自分達の降りる停留所だ。
バスの話に少しなるが、日本以外の国で運転が上手いと
思えた事が今まで一度も無い。車も大切にしていない気がしてならない。
何故Gが掛かると分かっていてブレーキングしないの?
何故大型バスが乗用車より速く公道を走ってるの?
突っ込みたくなると同時に、恐ろしくさえある海外の運転士。
ポルトガルもその例外ではなかった。有り得ないとつぶやき放題。
Rossioに着いて、宿を探す。
Googleの地図しかないので、正確な位置が分かりにくい。
広場を三回くらいグルグル廻り、広場の一本中側の道にあると気がつく。
バスを降りてから30分、ようやく宿に辿り着く事ができた。
自分達が泊まったホテルはアメリカーノと言うホテル。
バウチャーを見せ、荷物を降ろそうとした時また事件は起きた。
「すいません、お部屋がありません。」
「エ?」
アとエの中間音の様な音で反応したため、
物凄く性質の悪い人の声になってしまった。
改めて言い直す。このバウチャーが無効と言う事なのかだろうか?
相手の話を聞いていると、どうやらホテルのミスの様だ。
トイレと風呂が着いている部屋は今満席で、
新しいホテルを用意するからそこへ移動して欲しいと言う。
地図に場所を書き、何やら紙を出してきた。
「これを渡して頂けば分かりますから、料金も当然掛かりません。」
着いたと思ったのに、また振り出しに戻る。
指定された場所は何と坂の上。
バックパック背負ってこの坂を登るんか?
上がりきっても見つからず、再度下っても見つからず。
登ったり下ったりを繰り返した結果、奥様当然ダウン。
休みたいと言うので、ココで足を止めたら二度と立てないと諭し、
奥様のバックも自分が背負って街を歩く。
バックパック二個(40L×2)と言う異様な姿に、
道を歩いているおっちゃんから「ソルジャーボーイ」と呼ばれる。
警官に道を尋ねると、古畑みたいな感じの答えで
「僕の記憶が確かなら、あの角を左に曲がった所にあるカフェの隣がホテルだよ」と
言われ、それを信じて進んだ所見事に記憶どおり!さすが警察官!!
ホテルBORGESに着いてバウチャーを見せて、
「アメリカーノに言われて来たんだけど」と言うと、
オヤジが「そんなの知らん」と言い出す。
このオヤジが悪い訳ではないのだが、
元来そんなに気が長いほうでは無いので、
我慢に我慢を重ね…もう一度声を荒げて同じ事を言ってみた。
すると「部屋は?」「宿泊数は?」「ダブル?ツイン?」と次々に質問。
明らかに話を聞いていないと思ったので、
「バウチャー見ろよ!全部書いてあるだろ!
アメリカーノにまず電話しろよ!こっちはあいつらに言われて着てるんだ!」と
つい熱く怒鳴ってしまった(^-^;)。オヤジは不満そうに立ち上がり、
電話してアメリカーノを猛烈に捲くし立てている。
このオヤジは英語が話せないらしく、ポルトガル語onlyだったのだが、
所々「バックパッカーの髭が…」と言っているのが何故か分かった。
そうだよ、バックパッカーの髭面男が部屋を用意しろと言ってるんだよ(笑)!
オヤジにキーを出され、部屋を用意してもらったが、
この一件もありこのオヤジとは二度と口を聞く事がなかった。
↑幸いこの日しかこのオヤジもいなかった…。
HOTEL BORGES
http://www.hotelborges.com
部屋に着くと疲れが溜まっていたせいか、二人ともまずベッドへ横たわる。
その後トイレを見て、部屋を動き、窓を開ける。ガレット通りのど真ん中!
バイシャシアードと言えばリスボンの銀座の様な場所。
夜遅くまでバーが開き、ファドもタダで随時聞こえて来る様な一等地。
あのオヤジとの一件さえなければ、このホテルに泊まれる事を感謝したに違いない。

ポルトガルはとても魅力的な街なので、少し休み出発する事にした。
二人で向かったのはまずケーブルカー。ピカのケーブルカーに乗るはずだったが、
場所を間違えたのか小高い丘の上に出てしまう。しかしこの風景は見覚えがあった。
そう、昔映画館で見た「7月24日通りのクリスマス」で出てきた風景だったのだ!
映画で見た風景に出会えるなんてめったに無いので、ちょっと感動。
ふたりでしばらくココから見渡せるリスボンの風景を堪能した。
7月24日通りのクリスマス
http://liuyuan.at.webry.info/200611/article_4.html
ケーブルカー(グロリア線)でレスタウラドレス広場まで一気に降りる。
ここから反対側の山に聳え立つサンジョルジェ城を目指す事に。
朝からかなり歩き続けている。荷物がなくなって身が軽くなってはいるが。
サンジョルジェ城に至るまでの道は、素で山登り。
チューリッヒでも、リスボンでも山登りをしている(笑)。

お食事中の方には申し訳ないが
チューリッヒと同じなのは坂だけではない、糞の数も。
気を抜くとやられるのはコチラも一緒で、階段を登っている途中にも
足の先にはウ○コ、その先にもウン○、いい加減トラップが多すぎ。
サンジョルジェに着くまで何度「危ない!」と叫んだか分からない。
話は変わり、窓から下を見下ろしている人達が目が合うと微笑み返してくれる。
こういう姿がけっこう好き。自分達のホテルの階も高い所にあるので、
下を見下ろしているだけで楽しい気分は良く分かる。
サンジョルジェ城に到着すると、何と時間切れで中に入れないと言う。
廃墟の様な家々の後(フランケンシュタインの館みたい)、
数々の登り階段、そして数多のトラップを潜り抜けて辿り着いたのに(涙)。
それでもココまでの楽しい雰囲気が残念な気持ちに勝った為、
そのまま坂を下り降りる事にした。小学生の団体が大声で歌いながら降りていく。
トラムが坂を登ってきたりする様を写真に収めながら、下へ下へ。

すると火災でもあったのか外側が黒焦げになった建物を発見。
石でできているのか、中はまだ大丈夫そう。写真に撮ってから正面へ。
すると驚き、この建物がカテラドルなのだと言う!
世界史を専攻していないのであまり詳しくないが、
当時イスラム勢力がこの土地を支配していた際、
レコンキスタが起こりキリスト教徒達が戦いの末土地を奪還していった。
その象徴的な建物こそがこのカテラドル。レコンキスタ終了時に、
王が記念として建てた建物なのだ。1250年代からココにある事になる。
あのリスボンの大震災でも被害を受けなかったと言うのだから驚きだ。
アルファマ地区は崖の上にあるので、津波の影響もあまり受けなかったそうだ。

カテラドルの中は厳粛な雰囲気。
やはりキリスト教権にきて教会に入ると言う事は、
それなりに身の引き締まる行為なんだと思う。
自分はこれと言った信教がないのだが、
お寺にしても神社にしても、そして教会にしてもモスクにしても、
自分達の人生の大半を布教に費やす人達に敬意を持っている。
人の為に何かできるってそれだけで凄いと思う、マジで。

この後歩きに歩いて、ようやく宿のあるシアード広場に到着。
あまりに疲れすぎて、夕食もこの近くで食べる事に。
Colcci Cafeと言うナイトクラブの様な店で、
リゾットとパスタとトマトスープをオーダー。
この料理が本当に美味しい!キャンドルライトが灯る店内で疲れを癒す。
この後はホテルに戻り、ファドの音に酔いしれながら寝むりに着いた。

Collci Cafe
http://www.comportacafe.com

↑ホテルBORGESからの風景。窓から見える景色は格別。
後五時間後には空港にいなければならないが、
ホテルからはトラム4分の距離なのであまり急ぐ必要はない。
テレビをつけるとトム・クルーズが主演の「ザ・エージェント」がやっていた。
題名は帰ってきてから知ったのだが、中々良い映画だった。
ドイツ語なので言っている事の節々は全く分からないが、
演技を見ているだけでトムやレニー・ゼルヴィガーが何をしているのか分かる。
人間って言葉が通じなくなれば、他の何かで補って生きていくのかも知れない。
ザ・エージェント デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2007-10-24
ユーザレビュー:
友情と成功と金、つい ...
人生において大切なこ ...
輝くレニー・ゼルウィ ...

Amazonアソシエイト by ウェブリブログ
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2007-10-24
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2時間くらいテレビを見て過ごしたが、どうにも時間が余る。
そこで散歩がてら、トラムの時刻と切符を買いに出かける事にした。
外に出るのでいちお鍵を持って部屋を出たのだが、
これがこの後に起る惨劇に繋がるとはその時思いもしなかった。
トラムの停留所までは歩いて5分。
坂を下り、時間を確認し、切符を買う。10分以内に終わった。
少し歩いてホテルの前に立った時に気がついた。
「あれ、自動ドア開かない…!!!!!!!!!!」
それもそのはずだった、
日本でもセキュリティがしっかりしてる所はそうじゃん。
内からは自由に出れても、外からは入れない。
カード式のホテルならともかく、ココはわざと旧式に作ってある。
自分が持っている鍵も部屋専用の立派な鍵。
この自動ドアの横にも立派な錠前がついているので、
どうやら専用の鍵を回した時にしか開かない構造らしい。
今日は土曜日なので、ホテルの朝も遅い。
レストランのオープンも昨日より一時間遅いし、
こんな所で一時間も待つのか?スイスの朝は氷点下だし(T-T)。
何とか気がついてもらえないかと、泊まっている部屋に石を投げたり…。
「旦那は石を投げた…。」
「しかし奥様の反応はなかった。」
「旦那はホテルのドアに近づいた。」
「しかし何も起らなかった。」
すぐ戻ってくるつもりだったのでコートも着ていない。
このままでは凍死すると思い、隣の駅まで歩けば暖かくなるし、
ホテルも開く時間に戻れるだろうと言う事で、とりあえず歩く。
15分程で駅の看板が見えてきたが、駅がない。
エレベータがあったので降りてみると、なんと駅が地下にあった。
昔政治学を専攻していたので、永世中立国スイスについて学んだ事がある。
この国が永世中立を保てる理由は、自国を自国で守れる自負がある。
山々に囲まれた天然要塞の要因からだけでなく、国民が軍に徴兵される為、
軍にいた事がある様な街のおじさんでも銃器の解体ができる。
また、戦時中は地下のシェルターから物資の移動が可能であり、
長期戦にも耐えられる都市構造になっていて、道も滑走路になりえる。
本当かよと学生時代は思っていたが、
この駅に来て確信した。地下鉄の比ではない。
かなり深い所に駅がある上、天井が異様に高い。
と言うより、トンネルが以上に大きいと言うべきだろうか。
本を見ていても実感できないが、実際来て目の当たりにすると
その真剣さに驚き、また永世中立の四文字に納得する。
とは言え、地下に降りれば風もなく暖かいだろうと思ったのだが、
これだけ大きなトンネルだと風も凄く余計に寒い(TロT)。
早々にホテルに戻ることにした…。
ホテルに戻っても、まだ自動ドアは開いていなかった。
自分達が乗る便もあるのだろうか?
空からはAM6:00頃から航空機がバンバン降下してきている。
目の前を国際機がとんでいく様は爽快ですらある。
ただ、体は異様に寒いのだ↓。
そんな時だった、前方50m先に人影。
なんとホテルから出ようとしている人がいる!
走った、久方ぶりに全力で走った!!!
自動ドアが閉まりきる直前に足でガードし、ホテルに生還。
驚いて振り返った旅行客かホテルの従業員か分からないお姉さんに、
「ココに泊まってたんだけど、入れなくなっちゃって。」と言うと、
クスッと笑われた。咄嗟に話した英語が、ドイツ語圏なのに通じる。
と言うより、そのフレーズが合っているのかも分からないのに、意思が通じる。
凄い事だなと思った(笑)。
ホテルに戻ると、奥様は意外にもあまり心配していなかった。
一人でブラブラ散歩していると思ったらしい(^-^;)。
日頃の行いがそんな風なので、確かに何も言えなかった。
身支度を済ませ一階に降りたのだが、まだ支配人がいない。
時間はAM7:00、そろそろ宿を出発しなければならないのだが…。
そうこうしていると食堂から音がする。確か朝食はAM7:45からのはず。
覗きに行くと、ホテルの人がいる。思い切ってチェックアウトしたいと言ってみた。
すると、英語が少ししか話せないと言っている。それはこちらも同じ(笑)。
鍵を見せて、バックを見せて、「チェックアウト」と言えば心は通じた。
女性に鍵を渡し宿を出ようとすると、
「チェックアウトの処理がまだだから、朝食食べません?」と言われる。
ドイツ語で言われているのだが、もう心が一度通じれば言ってる事は何となく分かる。
「良いの?」と言う顔をすると「もちろん!」と答えてくれた。
奥様と先日の席に座ろうとすると、「こっちに座って!」と言われる。
そこは、バンホフホテルのCMで流れていたあの昔ながらの座席!
願ったり叶ったり!こんな高級な座席で美味しい朝食を頂けるなんて。
この女性とは朝の数分しか話さなかったが、
彼女のサービスは本当に気が配られていて最高だった。
もしかしたら、この席に案内してくれたのも配慮だったのかも知れない。
他の宿泊客が降りてくる頃、朝食を終え空港に向かった。
忙しそうだったので、先程の女性に「ありがとう」と言葉だけ
伝えると「ダンケ!」と元気な声が返ってきた。
空港に到着。「Duty Free Paradise」の名の通り、
セントラル並みの店の数が空港に点在している。
とりあえず搭乗手続きだけ済ませようと言う事になり、
スイスインターナショナルのカウンターへ。
日本と同じく自分で発券できる機械が至る所にあったのだが、
色んな国の人がいる為発券機はパニック状態。
言語が三ヶ国語選べるのだが、それ以外の国の人が本当に困っていた。
自分達は何とか自力で発券し手続きできたのだが、
マイルを貯めようとした所カードを返されてしまう。
納得いかなかったので、色んな方法を試したり、人に聞いてみると、
カードを返されたカウンターでマイルは貯める事ができると発覚。
再度同じカウンターに行きおじさんに「マイル貯めたいんだよ」と言うと、
「あれ、これ既に貯まってるはずなんだけどなぁ~。」と言いながら調べてくれた。
そこでようやく納得。日本で手続きした時に、
リスボンまでのマイルは既に貯まっていた様なのだ。
おじさんはドイツ語でなく、今度は英語でハッキリと
「Your mileage has already been registered.」と言ってくれた。
リスボン行きのターミナルは来た時とは違い、
日本で言う所の国内線の様な小さなターミナル。
時間もほぼ定刻に搭乗手続きが始まったので、
機はリスボンに向けて順調にテイク・オフ。
時差で今より一時間戻るので、
三時間飛ぶのに二時間で到着する計算になる。
時間を得し続けている気がする。
国内線の飛行機は座席にテレビが無い代わりに皮シート。
三人席ではあったが、座り心地が良くフライトはあっと言う間に終了。
確かに、日本から来た時は13時間掛かった訳だから、3時間なんて…。
雑誌がパリの特集で中々面白かった。これがせめて英語で書いてあれば、
もっと詳しく内容が把握できたのになぁと悔やまれる。
途中山々の峰が白く染まっているのを見れたり、フライトは楽しかった。
リスボンに到着。どうやらあまり天気が良くない様だ。
空港に降りる前に大西洋やテージョ河、オレンジ屋根の家々が見れた。
機が降り立ってすぐトイレに。そこから出てきて驚いたのは、
Vueling等の格安航空機に搭乗する人達の行列。
恐ろしい数に恐怖し、3日後の下見を兼ねて出発口を見に行く事に。
Vueling
http://www.vueling.com/
↑Vuelingのマスコットは皆可愛らしい。が、会社は結構世知辛い噂ばかり。
その前にあるのが入国審査。
恐ろしい程、こちらも並んでいる。
途中酔っ払いのブラジル人がEUからの入国者ゲートに
間違ってフラフラ歩いて行き、連れ戻されていた(笑)。
↑同じポルトガル語圏だから話が通じるし良いよね。
自分達の番になる直前、何故か他のゲートを開放してくれる。
文字が良く見えなかったが、ECC+ポルトガル語圏と書いてあるようだ。
俺ら日本人なのに良いのかなと思いつつ、
奥様と別れて入国審査が始まった。
A「どちらから来られました?」
俺「日本からです。」
A「(パスポートを見ながら)あ、いえ、経由地です。」
俺「あぁ、スイスです。」
A「スイス!そうですか、なら審査は要りません、どうぞ!」
どうぞって、スタンプ押して無いじゃん。
また自分より早く審査を終えていた奥様が待っているので、
とりあえず自分も奥へ移動。すると事件発覚!
奥様はポルトガルのスタンプ押してもらってる!
パスポートのスタンプ、それは旅の思い出も同然。
何故俺だけ押してくれないのだ、不満がたまる。
どうやら奥様は今回も何も質問されなかったらしい。
これで良く分かった、質問に答えてはいけないのだ。
次に何か聞かれたら知らん振りしてやろう(-_-♯)。
リスボンの空港はセキュリティーがガチガチで、
出発口に入る時も航空券の提示が求められた。
Eチケットを見せる、当然日にち等は3日後が書き込まれている。
これくらい見逃すだろと思ったら、結構ガン見している(汗)。
プリントを小さく取った事が功を奏し、無事出発口に入る事ができた。
Vuelingは朝一と夕方しか搭乗手続きカウンターが開いていない。
だが、荷物チェック用の台等も置いてあり、
やはり重量制限には厳しい事が良く分かった。
若干3日後の出発に対して不安が募る(^-^;)。
そろそろ戻ろうかと歩いていると、
「あの、日本の方ですか?」と声を掛けられる。
おば様二人組、リスボンから出国する様だ。
どうやら税金の還付を受けたいらしい。
ポルトガルは一定の料金以上同じ店で買い物すると、
その払った分の税金を出国時に返してくれる。
ポルトガルに着いたばかりで、空港の人が英語が話せるか分からない。
とりあえず聞いてみてあげると、意外にも早く答えが発覚。
おば様達に場所を教えてあげて、自分達も空港を後にする事に。
後にするとは言ったものの、
市街地まで何で行けば良いのかまだ良く分かっていない。
空港のベンチに座り、とりあえずエアポートバスで
リスボン市街へ向かう事を決める。場所を間違えたりしたが、
無事エアロバス(エアポートバス)を見つけ乗り込んだ。
最後の方の停留所、Rossio広場が自分達の降りる停留所だ。
バスの話に少しなるが、日本以外の国で運転が上手いと
思えた事が今まで一度も無い。車も大切にしていない気がしてならない。
何故Gが掛かると分かっていてブレーキングしないの?
何故大型バスが乗用車より速く公道を走ってるの?
突っ込みたくなると同時に、恐ろしくさえある海外の運転士。
ポルトガルもその例外ではなかった。有り得ないとつぶやき放題。
Rossioに着いて、宿を探す。
Googleの地図しかないので、正確な位置が分かりにくい。
広場を三回くらいグルグル廻り、広場の一本中側の道にあると気がつく。
バスを降りてから30分、ようやく宿に辿り着く事ができた。
自分達が泊まったホテルはアメリカーノと言うホテル。
バウチャーを見せ、荷物を降ろそうとした時また事件は起きた。
「すいません、お部屋がありません。」
「エ?」
アとエの中間音の様な音で反応したため、
物凄く性質の悪い人の声になってしまった。
改めて言い直す。このバウチャーが無効と言う事なのかだろうか?
相手の話を聞いていると、どうやらホテルのミスの様だ。
トイレと風呂が着いている部屋は今満席で、
新しいホテルを用意するからそこへ移動して欲しいと言う。
地図に場所を書き、何やら紙を出してきた。
「これを渡して頂けば分かりますから、料金も当然掛かりません。」
着いたと思ったのに、また振り出しに戻る。
指定された場所は何と坂の上。
バックパック背負ってこの坂を登るんか?
上がりきっても見つからず、再度下っても見つからず。
登ったり下ったりを繰り返した結果、奥様当然ダウン。
休みたいと言うので、ココで足を止めたら二度と立てないと諭し、
奥様のバックも自分が背負って街を歩く。
バックパック二個(40L×2)と言う異様な姿に、
道を歩いているおっちゃんから「ソルジャーボーイ」と呼ばれる。
警官に道を尋ねると、古畑みたいな感じの答えで
「僕の記憶が確かなら、あの角を左に曲がった所にあるカフェの隣がホテルだよ」と
言われ、それを信じて進んだ所見事に記憶どおり!さすが警察官!!
ホテルBORGESに着いてバウチャーを見せて、
「アメリカーノに言われて来たんだけど」と言うと、
オヤジが「そんなの知らん」と言い出す。
このオヤジが悪い訳ではないのだが、
元来そんなに気が長いほうでは無いので、
我慢に我慢を重ね…もう一度声を荒げて同じ事を言ってみた。
すると「部屋は?」「宿泊数は?」「ダブル?ツイン?」と次々に質問。
明らかに話を聞いていないと思ったので、
「バウチャー見ろよ!全部書いてあるだろ!
アメリカーノにまず電話しろよ!こっちはあいつらに言われて着てるんだ!」と
つい熱く怒鳴ってしまった(^-^;)。オヤジは不満そうに立ち上がり、
電話してアメリカーノを猛烈に捲くし立てている。
このオヤジは英語が話せないらしく、ポルトガル語onlyだったのだが、
所々「バックパッカーの髭が…」と言っているのが何故か分かった。
そうだよ、バックパッカーの髭面男が部屋を用意しろと言ってるんだよ(笑)!
オヤジにキーを出され、部屋を用意してもらったが、
この一件もありこのオヤジとは二度と口を聞く事がなかった。
↑幸いこの日しかこのオヤジもいなかった…。
HOTEL BORGES
http://www.hotelborges.com
部屋に着くと疲れが溜まっていたせいか、二人ともまずベッドへ横たわる。
その後トイレを見て、部屋を動き、窓を開ける。ガレット通りのど真ん中!
バイシャシアードと言えばリスボンの銀座の様な場所。
夜遅くまでバーが開き、ファドもタダで随時聞こえて来る様な一等地。
あのオヤジとの一件さえなければ、このホテルに泊まれる事を感謝したに違いない。
ポルトガルはとても魅力的な街なので、少し休み出発する事にした。
二人で向かったのはまずケーブルカー。ピカのケーブルカーに乗るはずだったが、
場所を間違えたのか小高い丘の上に出てしまう。しかしこの風景は見覚えがあった。
そう、昔映画館で見た「7月24日通りのクリスマス」で出てきた風景だったのだ!
映画で見た風景に出会えるなんてめったに無いので、ちょっと感動。
ふたりでしばらくココから見渡せるリスボンの風景を堪能した。
7月24日通りのクリスマス
http://liuyuan.at.webry.info/200611/article_4.html
7月24日通りのクリスマス ~リスボンからのプレゼント~ [DVD]
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ケーブルカー(グロリア線)でレスタウラドレス広場まで一気に降りる。
ここから反対側の山に聳え立つサンジョルジェ城を目指す事に。
朝からかなり歩き続けている。荷物がなくなって身が軽くなってはいるが。
サンジョルジェ城に至るまでの道は、素で山登り。
チューリッヒでも、リスボンでも山登りをしている(笑)。
お食事中の方には申し訳ないが
チューリッヒと同じなのは坂だけではない、糞の数も。
気を抜くとやられるのはコチラも一緒で、階段を登っている途中にも
足の先にはウ○コ、その先にもウン○、いい加減トラップが多すぎ。
サンジョルジェに着くまで何度「危ない!」と叫んだか分からない。
話は変わり、窓から下を見下ろしている人達が目が合うと微笑み返してくれる。
こういう姿がけっこう好き。自分達のホテルの階も高い所にあるので、
下を見下ろしているだけで楽しい気分は良く分かる。
サンジョルジェ城に到着すると、何と時間切れで中に入れないと言う。
廃墟の様な家々の後(フランケンシュタインの館みたい)、
数々の登り階段、そして数多のトラップを潜り抜けて辿り着いたのに(涙)。
それでもココまでの楽しい雰囲気が残念な気持ちに勝った為、
そのまま坂を下り降りる事にした。小学生の団体が大声で歌いながら降りていく。
トラムが坂を登ってきたりする様を写真に収めながら、下へ下へ。
すると火災でもあったのか外側が黒焦げになった建物を発見。
石でできているのか、中はまだ大丈夫そう。写真に撮ってから正面へ。
すると驚き、この建物がカテラドルなのだと言う!
世界史を専攻していないのであまり詳しくないが、
当時イスラム勢力がこの土地を支配していた際、
レコンキスタが起こりキリスト教徒達が戦いの末土地を奪還していった。
その象徴的な建物こそがこのカテラドル。レコンキスタ終了時に、
王が記念として建てた建物なのだ。1250年代からココにある事になる。
あのリスボンの大震災でも被害を受けなかったと言うのだから驚きだ。
アルファマ地区は崖の上にあるので、津波の影響もあまり受けなかったそうだ。
カテラドルの中は厳粛な雰囲気。
やはりキリスト教権にきて教会に入ると言う事は、
それなりに身の引き締まる行為なんだと思う。
自分はこれと言った信教がないのだが、
お寺にしても神社にしても、そして教会にしてもモスクにしても、
自分達の人生の大半を布教に費やす人達に敬意を持っている。
人の為に何かできるってそれだけで凄いと思う、マジで。
この後歩きに歩いて、ようやく宿のあるシアード広場に到着。
あまりに疲れすぎて、夕食もこの近くで食べる事に。
Colcci Cafeと言うナイトクラブの様な店で、
リゾットとパスタとトマトスープをオーダー。
この料理が本当に美味しい!キャンドルライトが灯る店内で疲れを癒す。
この後はホテルに戻り、ファドの音に酔いしれながら寝むりに着いた。
Collci Cafe
http://www.comportacafe.com
↑ホテルBORGESからの風景。窓から見える景色は格別。




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